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大阪地方裁判所 昭和49年(行ウ)47号 判決

原告

蔦野一重

右訴訟代理人

稲田堅太郎

外六名

被告

港税務署長

岡本実

右指定代理人

宗宮英俊

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める判決

一、原告

1  原告の昭和四七年三月一〇日付昭和四五年分所得税更正請求を棄却する旨の被告の昭和四八年四月二三日付処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨

第二  請求原因

一、原告

1  原告は潜水業を営む者であるが、昭和四六年三月一日被告に対し、昭和四五年分所得税につき総所得金額三、六〇〇、〇〇〇円、税額五三六、九〇〇円とする確定申告書を提出した。

2  原告は昭和四七年三月一〇日被告に対し、昭和四五年分所得税につき総所得金額一、〇二一、二七二円、税額一九、一〇〇円とする更正請求書を提出した。

3  被告は昭和四七年四月二三日付で右更正請求を棄却する旨の処分をし、同月二四日これを原告に告知した。

4  原告の昭和四五年分所得金額及びその内訳は次の通りである。

ア 売上金額 一三、六七三、三〇〇円

イ 一般経費  四、〇五七、九五二円

ウ 雇人費 二、五四八、〇〇〇円

エ 外注費 六、二三三、三〇〇円

原告は昭和四五年には潜水船二隻を所有して潜水業を営んでいたが、労災事故による後遺症のため原告自身が潜水できない状況にあり多くを外注に頼らざるを得なかつた。当時の一隻一日当りの収入単価は一五、五〇〇円であり、月間実働はフルに活動して二〇日間であつて原告の所有船による売上げは年間七、四四〇、〇〇〇円であつた。したがつて、右アの売上金額より右の原告所有船による売上額を除いた残余の六、二三三、三〇〇円が外注費ということになる。

オ 所得金額 八三三、〇四八円

5  原告の昭和四五年における所得は右の通りであるから、これを認めなかつた被告の右3の処分は違法であつて取消されるべきである。

二、被告

右一1、2、3及び4ア、イ、ウを認める。

右一4エ、オを争う。

第三  抗弁

一、被告

1  更正請求書には「その更正の請求をする理由、当該請求をするに至つた事情の詳細その他参考となるべき事項」を記載すべきものとされており(国税通則法二三条三項)、これら法定の記載を欠くか、あるいは著しい瑕疵がある場合には、当該請求は不適法なものとして棄却することができるといわなければならない。

本件において原告は更正を請求する理由として、「人件費、沖で採用の人夫賃が入つていなかつた」と記載するのみであつて、かかる記載からは、確定申告書、更正請求書添付の決算書(これには売上金額、経費の合計金額及び所得金額の記載があるのみである)を併せ参照しても、申告にかかる課税標準における人件費がいか程であつて計算洩れとなつた人件費がいか程であるのか、計算洩れとなつたのはいかなる事情によるのか、いかなる法令適用の誤り、あるいは計算誤りがあつたのか等は全て不明といわざるを得ないし、またかかる記載では被告において当該更正請求についての調査をする手懸りは皆無であるといわざるを得ない。

このように本件更正請求は更正請求書に記載すべき法定記載事項の記載を欠くとはいえないとしても著しい瑕疵があるから、不適法なものというべきであり、この点で本件更正請求棄却処分は適法である。

2  更正請求においては更正の理由を証明するに足りる証拠があればこれを明示しなければならないことはいうまでもないところであり、国税通則法施行令六条はその一部を義務として確定したものである。従つてこの証明書類の添付を欠く更正請求は手続要件を欠くが故に不適法であり、このような場合税務署長は調査に着手するまでもなく更正請求を理由なしとして棄却することができるのである。そして右の結論は実質的にみても、更正請求の基礎となる事実が一定期間の取引に関するものであるときは、通常その取引の記録等に基づいてその理由の基礎となる事実を証明する書類が存するはずであること、従つてその書類すら添付がない場合は特段の事情がない限り更正請求者の主張事実が存在しないものと推定することが経験則上是認されることからして更正請求者に過当の不利益を強いるものではないというべきであるし、また、根拠のない更正請求を防止しもつて税務行政の能率的運営にも資することになるのである。

更に、納税義務者が更正請求において確定申告書の記載内容が真実に反すると主張する場合はその事実につき主張立証しなければならないから、税務署長としては更正請求の調査手続において右の点の主張立証がない限り確定申告書に記載された所得金額等をそのまま正当なものとして納付すべき税額を申告どおり確定すれば足るものである。

原告は本件更正請求につき、収入金額一〇、一六八、四五〇円、見積り計算経費九、一四七、一七八円、所得金額一、〇二一、二七二円の各全額のみを記載しその明細の記載が全くない損益計算書を添付しただけで、その他に更正請求の理由の基礎となる事実を証明する書類を添付しなかつた。

被告は受理した右更正請求書について必要な調査をするため、係官を原告宅に臨場させ、更正請求書に添付されるべき「請求の理由の基礎となる事実を証明する書類」が添付されていないことを告げるとともに右書類の提示を求めたのであるが、これに対し原告は一切資料を提示せず、更正請求の理由を構成するに足りる根拠を明らかにしなかつた。なお、被告の担当官が更正請求前に原告の関係書類を持ち帰つたことはない。

従つて原告が更正請求に証拠書類を添付しなかつた以上その更正請求は手続要件を欠き不適法である(なお、被告の更正請求棄却処分通知書には所得金額の計算を記載しているが、これは参考として記載したものであつて、この計算の結果が右通知の理由ではない。)。

また原告は調査手続において更正の理由を構成するに足る根拠を明らかにする証拠資料を提示しなかつたのであるから本件更正請求を棄却したのは当然で何らの違法はない。

二、原告

右一2の被告の主張は争う。国税通則法施行令六条二項は「……証明する書類を……添付するものとする。」と規定していることからすると、同項は証明書類の添付を必須要件とするものではないことが明らかである。同項は取引の記録等が存する場合に限つてその添付を要請しているにすぎない。

原告の請求書、領収書等の取引関係書類は昭和四五年九月分以降を除き、被告の部下である杉本担当官が昭和四六年二月ごろ持帰つたために、更正請求時には原告の手許にはなかつた。そこで原告は手許に残つていた昭和四五年九月以降の請求書等を手がかりにして思い出す限りの得意先に照会して損益計算書を作成して更正請求書に添付したものである。更に原告は昭和四七年六月ごろ原告宅を訪れた被告の係官に更正請求の具体的理由を説明している。しかも、原告の確定申告所得額は取引の実態から考えても全く不可能な数字であることが明白であつた。

従つて、原告が損益計算書以外の証明書類を提出しなかつたことが、被告の本件処分を正当とするものではない。

第四  証拠〈省略〉

理由

一請求原因一1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

被告は、本件の更正請求書には「更正の請求をする理由、当該請求をするに至つた事情の詳細その他参考となるべき事項」の記載に著しい瑕疵があり、更正請求は不適法であると主張する。そして、〈証拠〉によれば、原告の提出した更正請求書には確定申告及び更正請求の所得金額、税額のほか、請求の理由としては「人件費、沖で採用の人夫賃が入つていなかつた」と記載があるのみであり、添付された決算書には売上金額、見積り計算経費額、所得金額の記載があるのみであることが認められる。しかしながら、右の程度の記載しかないことが更正請求を不適法なものとするとは解されない。

二被告は、証明書類の添付のない本件更正請求は手続要件を欠き不適法であると主張する。

国税通則法施行令六条二項は、「更正の請求をしようとする者は、その更正の請求をする理由が課税標準たる所得が過大であることその他その理由の基礎となる事実が一定期間の取引に関するものであるときは、その取引の記録等に基づいてその理由の基礎となる事実を証明する書類を法二三条三項の更正請求書に添付するものとする。」と規定している。しかしながら、一定期間の取引をしている者であつてもその取引の記録が常に存在しているとは限らず、特に所得の不存在など消極的な事実については書類の存しないことが多いこと、右施行令は「添付するものとする」と規定し「添付しなければならない」(後記最判における昭和二二年勅令第一一〇号所得税法施行規則四七条など参照)との規定の仕方もしていないこと、後述のとおり更正請求の理由の有無は添付された証拠書類のみによつて判断すべきものとは解されないことを考慮すると国税通則法施行令六条二項に規定する「事実を証明する書類」の添付は更正請求の方式と解すべきでなく、この添付のない更正請求であつてもそれを理由に請求を却下することはできないと解すべきである(旧所得税法における再調査請求の証拠書類の添付についての最高裁昭和三四年(オ)第九七三号同三六年七月二一日第二小法廷判決、民集一五巻七号一九六六頁参照)。

更に被告は更正請求の調査手続において原告が更正の理由を構成する証拠資料を提示しない以上請求は棄却されるべきであると主張している。しかし、税務署長が更正請求の当否を判断するための事実認定の資料は請求者の提出した書類に限られるものではないから、税務署長は請求者が証拠書類を提出しないときでもその調査に基づき事実認定のうえ請求の当否を判断すべきであり、更に更正請求棄却処分取消訴訟においては裁判所は請求者が更正請求において提出しなかつた書証や更には証言等をも採用して事実認定の資料とし更正請求の当否(所得額等)を判断できることは言う迄もないところである。被告のこの点の主張も理由がない。

三そこで原告の所得額について判断する。

原告が昭和四五年において潜水業を営み、その売上金額が一三、六七三、三〇〇円、一般経費が四、〇五七、九五二円、雇人費が二、五四八、〇〇〇円であつたこと、原告が確定申告書に記載した総所得金額が三、六〇〇、〇〇〇円であつたことは当事者間に争いがなく、外注費の額が争いとなつている。原告は外注費を六、二三三、三〇〇円と主張し、他方確定申告額を基礎として計算すると一般経費、雇人費以外の経費は三、四六七、三四八円ということになる。

ところで、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  原告は潜水船二隻を所有し従業員を用いて潜水業を営んでいたこと、

2  原告の収入の殆んどは潜水船を用いた潜水作業によるものであり、それ以外の作業による収入は僅かであつたこと、

3  昭和四五年当時潜水船を用いた潜水作業による原告の収入の単価は作業員、器具付きの潜水船一隻一日分(これを一組という)一五、五〇〇円であり、これを外注に出したときの原告の支払額は一組一二、〇〇〇円であつたこと、

4  原告の昭和四五年の潜水作業稼働組数は、九月六六組、一〇月八六組、一一月七四組、一二月七五組、以上四ケ月計三〇一組であり、このうち各日二組以内の稼働組数は九月四九組、一〇月五五組、一一月四八組、一二月四七組、以上四ケ月計一九九組であり、各日二組を超える分の稼働組数(即ち、原告所有船二隻だけでは稼働できない部分)は、九月一七組、一〇月三一組、一一月二六組、一二月二八組、以上四ケ月計一〇二組であること。

原告は本人尋問において外注先を明らかにすることを拒否し、本件全証拠によるも外注費の額を直接に明らかにすることができないから、右認定事実を基礎に判断することとする。

原告は主張の外注費算出の根拠として、原告は所有の潜水船二隻により月二〇日間活動して一組単価一五、五〇〇円の収入を得るから、原告所有船による収入は七、四四〇、〇〇〇円であり、売上金額よりこれを減じた六、二三三、三〇〇円が外注費となると主張している。

しかしながら、一組の売上金額は一五、五〇〇円であるに比して外注支払額は一二、〇〇〇円であることは右認定のとおりであるから、原告の算出方法は外注により作業をした分の売上金額の全てを外注費としている点で誤つていることが明らかである。

更に原告の昭和四五年九月より一二月迄の四ケ月の間に各日二組以上の稼働組数のものが一〇二組あることは右認定のとおりであるところ、受注が自己の稼働能力内にある場合にはその受注を外注により処理しないのが通常であるから、原告は右四ケ月間に右一〇二組に限り外注により作業を済ませたものと推定される。そして同年一ないし八月にも同程度の割合の受注、即ち昭和四五年中に計九〇三組の受注があつたと仮定すれば、右と同程度の割合の量、即ち同年中に三〇六組に限り外注により作業を済ませたものと推定できる。そして、右の外注費に外注単価一二、〇〇〇円を乗じた三、六七二、〇〇〇円が外注費となり、この額に比すると原告主張の額が過大であることが明らかである。

右の額三、六七二、〇〇〇円は申告額より算出される額三、四六七、三四八円をやや上廻つている。しかし、右計算の外注費三、六七二、〇〇〇円は年間潜水作業九〇三組の作業があつたと仮定して計算されたものであるところ、当事者間に争いのない売上金額一三、六七三、三〇〇円を一組の売上単価一五、五〇〇円で除すると同年中の作業量は八八二組となり、この作業量についての外注費は右の三、六七二、〇〇円よりも少ないものと考えられること、〈証拠〉によると原告は昭和四五年八月二八日以降同年中に計五日間下水閉塞撤去作業をして一日五〇、〇〇〇円の割合による売上げを得ており、同年中の他の期間にも右程度の日数の同様の売上げを得ることができたものと推定できるか、右の作業自体は原告の所有器具、従業員のみによつて処理することが可能であつたことが認められるところ、潜水作業であれば一日三一、〇〇〇円を超える売上げを得るには外注に頼らざるを得ないのに比して下水閉塞撤去作業であれば一日五〇、〇〇〇円の売上げの作業を外注によらずに処理することができるから、右のように下水閉塞撤去作業による売上げが総売上金額に含まれる場合の外注費は総売上金額が全て潜水作業によることを前提として算出した額よりも更に少なくなること、右原告本人尋問の結果によれば、原告の請求原因一1の確定申告書記載の所得金額は原告の請求書、領収書を基礎として算出されたもので全く根拠のないものではないと認められることの諸点をも考慮すると、本件全証拠によるも原告の昭和四五年の外注費が三、四六七、三四八円を上廻るものと認めることはできない(なお、更正請求棄却処分取消訴訟において所得が申告額を下廻ることの立証責任は原告側にあると解される。)。原告は昭和四五年当時労災事故による後遺症のため原告本人自身が潜水できない状況にあつたため多くを外注に頼らざるを得なかつたと主張し、原告本人尋問の結果によれば原告は以前に仕事中に負傷したことが認められるが、本件全証拠によるも、原告の負傷の時期、後遺症の程度、それが外注の必要性に及ぼす影響の有無、程度を明らかにすることができず、原告の外注費が右の三、四六七、三四八円を上廻るものと認めることができない。

四そうすると、原告の総所得金額が申告額を下廻ることを主張する原告の更正請求は理由がなく、これを棄却した被告の処分は正当であるから、その取消しを求める本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(石川恭 井関正裕 西尾進)

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